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「玄鳥至」の時です (4/4-4/8)

二十四節気「清明」の初候が、七十二候の「玄鳥至(つばめきたる)」です。

「清明」節の初候、「玄鳥至(つばめきたる)」の5日間となります。
清明の名の通り、温かくて清々しい光が降り注ぐなか、ツバメの親子はせっせと餌を運んでは子育てを行います。

中国から伝わった頃の古い暦では、春分の最初の五日間がこの「玄鳥至(つばめきたる)」でしたが、江戸時代に日本の季節感に沿わせた結果、今の時期を表す言葉となりました。

ちなみに、玄鳥という名の鳥がいるわけではなく、時期的にツバメが飛来すること、そして玄=黒色で、それがツバメの黒い体を言い表していると考えられることからツバメだとされています。ツバメたちは、このあたりの時期、どこからともなくやってきては軒下などに巣を作り始めます。

春も中頃になると、ツバメに限らず小鳥たちも求愛行動が激しくなり、羽を震わせ、舌を転がすような鳴き声を出します。ときにはお互いに絡まり合って地面に落ちてゆくシーンを目にすることもあります。春は本当に生き物たちをいきいきとさせ、それを見ている側をも朗らかな気持ちにさせてくれます。

人が住処を提供する一方で、ツバメの親たちは害虫を退治してくれるという共生関係が生まれます。「軒下のツバメはその家に幸せを運ぶ」といわれており、その理由は定かではありませんが、こうした種族を越えた触れ合いを容認できる“おおらかな心”があること自体が、その家の、あるいはその店の発展や繁栄をもたらすのかもしれません。

ちなみに、鳥はシンボル学的にメッセージやタイミングを伝えるものとしての意味を持ちます。そして、それらメッセージやタイミングが「至る」というのは、それまでの間に“待ち望む期間”や“辛抱する日々”があることも示唆しています。体や心のエネルギーを養う意味もあるでしょう。

このことはツバメが人間の住処を間借りしながら、安全圏の中で大切なヒナを育てるのと象徴的には同じです。ヒナは現状、ただ食っちゃ寝しているだけに見えるかもしれませんが、いつか大空に飛び立って巣立っていくという夢に生きています。

私たち人間も、ここぞというときに本領を発揮することができるように、常日頃から自分自身を、あるいは我が子や後輩などを養い育てていくことが大切だよと、この「玄鳥至」は教えてくれているのかもしれません。